小笠原伯爵邸(建築探偵見習日記①)

昔むかし、建物を見るのが好きな少女がいました。
わりと、どんな建物でも好きでしたが、
とりわけ、れんが作りや三角屋根の洋館が好きでした。

少女の町は東京から遠く離れた寒い町でしたが、そんな
洋館がたくさんあったのです。
(あの、辰野金吾の作品もありました!)
少女がすこぉし大人になった頃、
藤森照信さんという東大の建築のエライ先生が
「建築探偵の冒険」という、素人が読んでも面白い本をお出しになりました。
少女はそれらの本を夢中になって読みあさり、
もうその頃は一人で東京にも行けるような年齢になっていましたから、
藤森先生の文庫本(文春文庫ビジュアル版)を片手に、
建築探偵をしに東京にでかけていったものです。
自称:建築探偵“見習い”と名乗っていました。

え~、ちょっと年齢的にひずみが出てきますが
すこぉし大人になった少女・・・娘サンは、ゼネコンに勤めておりましたので、
それ系のメーカー雑誌を見る機会がたくさんありました。
なかでも釘付けになったのは、某鐵材メーカー雑誌の特集でみかけた
小笠原伯爵邸のキャノピー(玄関外ひさし)でした。
玄関のガラスと鐵のキャノピー
(思えば、これも藤森さんの編集でした)
キャノピーの美しい葡萄の蔓模様・・・しかし、そこは今は住む人もなく、枯れ葉が堆積しているばかりだというではありませんか・・・。
正面玄関とキャノピー
藤森さんがこの雑誌に書かれた頃は、「東京都婦人相談センター」の看板がかかっていたが、無人の様子だったとか

さらに、外壁には、スパニッシュ様式の鳥や、太陽や植物のタイルが飾られているというのに、それも今は高い壁に囲まれて、見る人がいないというのです。
☆写真は現在の様子です。
ウラ側外観

逆光だったのー(涙)


そこで、ついに”見習い”はでかけました。
建物は、高い仮設用の壁で中に入れないし、のぞき見ることも出来ませんでした。
しかし、少女から、ちょっと、いや、かなり図々しいお姉様になっていた私は、さすがに、忍び込むことは出来なかったけど、隣のアバートの2階廊下に上がりこんで、遠くからでしたがその外壁をこの目で見た日のことを私は今も忘れません。
この建物は、きっと近いうちに取り壊されるんだろうな・・・そんな思いを胸に、無力な「見習い」の立場をわきまえて、帰路についたものでした。

さて、4年前、この建物がレストランとして改装され、再利用されているとの噂をききました。
やった!という思いと、雑誌などに紹介された写真を見て、これならいつ行っても見られるわ・・・という安心感で、しばらく忘れておりましたが、なんと、この建物、今私が通院している東京女子医大のすぐ側なのです。
ひさびさ激写してきました。
しかし、レストランとして再開するまでは、ボランティアの方による様々な修復作業が重ねられてようで、たぶん、外壁のタイルなどは私が見た時のものはすべて剥落してしまったようですね。
写真を元に忠実に復元されたとのこと。

ちなみに、設計は、曽根中條建築事務所(代表作は、慶応義塾大学図書館、日本郵船ビルなど)。曽根達蔵氏は、「コンドルの4人の弟子」の一人。中條氏は、たしか、作家宮本百合子のお父様ではなかったでしょうか。

アヤシイ姿で写真を撮りまくっていて、フロントの人に悪いなぁ・・・と思ったので、
一応パンフレットをいただきに行き、
「今度は予約して食事しに来ますね。昔廃墟だったときに見に来たことがあるので、つい懐かしくて・・・」と言ったら、営業用スマイルで、「さようでございますか・・・」と、型どおりのご挨拶でアッサリ流されてしまいましたわ、おほほほ・・・。

でも、なんだか時間が逆戻り・・・建築探偵“見習い”復活して、建物のその後を辿るのも悪くないかも。
だけど、壊されてなくなってる方が多いんでしょうね。
されも、サビシイ作業かも・・・。
正面外観
代々、小倉藩を治める大名の家柄だった小笠原伯爵邸
正面玄関
<小鳥>をテーマにした家らしい。正面玄関上の籠の鳥
門扉も当時の物か?
これは当時からの門扉かはわかりません

小笠原伯爵邸(COCINA ESPANA):東京都新宿区河田町10-10
03-3359-5830(レストランの番号です)



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Comment

m.m

本題とはだいぶズレますが、
藤森さんの名前を見たら、お友達の方の名前が
気になっちゃって、気になっちゃって。
赤瀬川さんのニラハウスを作るとき、一緒に手伝った兄弟の名前は・・・?
南伸坊さんではなく、あの何とか兄弟。
あの何とかさんの赤いカバーの本が面白くて、
姉さんにその会話をふろうと思ったら、
ずぇんずぇん思い出せないi-182

最近多いんです、昨日は、カツーン(カトゥーン?)の子と、もう一人が歌った、
お願いセニョリータみたいな歌ってなんだっけ・・・と5分ほど悩む。
(青春アミーゴでしたi-229)

探偵の話はどうしたm.m!
とツッコミを入れられそうですが、
長くなったんでまたきますねi-88

白あずき

休みボケなのか、ただのボケなのか、
ヤバイですよ。かなり・・・
まぁ、私も人のことはいえませんが。
縄文建築団とかいうのがありましたが、その中の人ですか?
まぁ、思い出したら、また来てね。

SO-RA

建築ネタ流行りで嬉しいです♪
小笠原伯爵邸、ブックマークいたしました。
でも昼のコースで7,350円か~。
かなり気合い入れた食事の時じゃないと行けません・・・
しくしく。
取り敢えず外観だけ見れるのかな?

m.m

思い出せないまま、来てしまいました・・・
姉さんの建築好き、忘れてました←というよりほぼ気が付いてなかったi-229

だって、植物とか~和菓子とか~歌舞伎とか~いっぱい詳しいんだもの。

こういう好みって、少女時代にもう現れるんですかねぇ。
もしくは、周りから影響を受けるのかしら。

私も3つか4つの頃は、じいさんの大工道具というか、
竹箒やちりとりを作る金物が好きで、ずっと触れていたし、
竹やぶに縄を張って、間取りごっこしていたし←前にも書いたような
自宅の改修で大工さんの仕事、来てから帰るまで、ず~っと見ていたし、
雑誌といえば、ティーンの部屋を買っていたしi-179

そういう遺伝子が組み込まれているんだろうなぁ、姉さんにも私にも。
と思いながら読み進めました。

店員さんにはわかりませんよねぇ、私たちの気持ち。
建物ヲタクのき・も・ちi-239

けん

白あずきさん、こんばんは。私も建築マップ片手に探偵ごっこしてます(笑)。小笠原伯爵は小倉藩主小笠原家ですよね。小笠原家は小倉に入る前は明石藩主で、城を築いたのもこの家だったんですごく親しみを持っています。因みに明石の町割は宮本武蔵が担当しています。

以前ブログで簡単に触れたんですが、兵庫県三田市に九鬼家住宅という建築物があります。三田藩家老の住居ですが、和洋折衷なんです。それも見かけだけ(笑)。大工さんが西洋建築の建て方など知らないので、外観だけ西洋建築に見せたそうです。

白あずき

SO-RAさんも建築好きでしたか!
客として行った暁には、バシバシ写真を撮ってこようと思ってます。
内部も色々細部に凝ってるみたいなんですよー。

白あずき

小さい頃に興味をもったものって、記憶力もイイし、深く探求する持続力がある・・・つまり、この年になると、「昨日なんか面白いものを見たけど、なんだったかしら????」になっちゃうんですよ。経験からいうと。
私の建築好きはじいちゃん譲りかも。
私が小さい頃、やたら凝った変な家(若干豪邸)を建てたんですよ。自分で設計したんじゃないかなー。
東京にしょっちゅう行っていろんなとこを見て歩いたものです。
当時にしては画期的。その建物を子供ながらに、毎日観察してたせいかもしれません。
私「なんでここの窓は二つに分かれてるの?」
爺「姉妹二人でひとつずつ見れるだろ?」
私「なんで階段の途中に隙間があるの?」
爺「天井が触れるの、面白いだろ?」
・・・こんな感じで作ってたみたいです。

白あずき

けんさんも建築ウォッチャーだったんですね!
小笠原家は、あの行儀作法の小笠原流の宗祖だったようです。
三田の九鬼家は知りませんでした。
久しぶりに、藤森さんの本を引っ張り出して読み始めました。
あぁ、この建物は壊しちゃったな・・・とか、ここも忍びこんだっけ、とか懐かしくなりました。
ひさしぶりに探偵ごっこ、したくなってきました。

すろう

にほふぞにほふぞ、建築ヲタクのにほひがここにも・・
ぶどう棚、E---(><)i-281

>やたら凝った変な家
>アヤシイ姿で写真を

どちらも気になります。視覚的に楽しんでみたいものです。
そしてやはりこの爺jにしてこの孫?
それにしても勉強になるスレッドです。
へぇぇ~、あの、小笠原流なんだ~

けん

小笠原流って礼法だけを一般には思い浮かべますが、流鏑馬など弓馬術が入るんです。信濃の武将らしく歩弓と馬弓の流儀だそうです。文武両道の家だったんでしょうね。でも大坂夏の陣最終決戦で豊臣方の毛利勝永隊に当主秀政が討たれるなど壊滅寸前に陥っています。秀政は家康の孫娘の婿なんで、亡くなる寸前に家康が直々に見舞いに行っています。この場面は司馬遼太郎の『城塞』下巻に触れられています。

小倉城庭園のミュージアムショップには小笠原流の礼法のビデオやマナー帳など売っていました。もう少し小笠原家の武将としてのグッズを置けよと思ったんですが(笑)。

surugaki

とても勉強になります。私は、城と民家と庭ばかりを回って
いましたので、洋館はあまり伺ったことがありません。
建築探偵“見習い”師匠の弟子させていただきたいと
存じますが、まずは、連載していただきますようお願い
申し上げます。とても分りやすい文章で、面白かったです。
あ、このフレーズ、どこかで書いた気がします。
でも使い回しではありません。

kubo

建物はその場の風景
年月を重ねそこにあり続ける

一つの用途を終え
次なる用途へ

すばらしいことですね

白あずき

コメント最後まで、suru爺のだと思って読んでました。
似てきましたよね?
ていうか、血筋か。仕方ないな。
じいちゃんのアヤシイ豪邸は、ばあちゃんの庭と共に、イジワル相続人が壊してしまいました・・・しくしく。あやしくて楽しい空間だったのになぁー、子供にはタマラン。

白あずき

う~ん、「城砦」も読んだんだけどな~。
飛んじゃってるなぁぁぁ。
藤森さんが当時小笠原伯爵に聞いた話しでは、小笠原流の礼法は、足利時代に武家が、京の公家の習慣に染まらないようにと将軍の命で始めた物で、けんさんのおっしゃるように弓馬術や、正しい首実検のやり方、というのも小笠原流なんだそうですよ~。
(ちなみに、坊主の首は血で滑るから気をつけろ、と書いてあるらしいです)
で、この礼法は一子相伝で、将軍から後下問でもない限り外には教えないことになっていたので、現在流布しているものは、はなはだアヤシイ、とその宗家はおっしゃっていたそうです。
まぁ、首実検の方法は、もういらないですね。
歌舞伎の世界くらいかな・・・

白あずき

そういえば、例の三信ビルはどうなったんでしょうねぇ・・・。
行こう行こうと思いつつ、早や・・・
次回の建築探偵見習いは、明日決行予定です!
ぼ、ぼ、ぼくらは建築探偵だん!

白あずき

でも、現実的には手っ取り早く壊されてしまうんですよねー、「維持管理」とか「安全性」の言葉の元に・・・
昨日、友人が上京してきたので、表参道ヒルズに初めて行きました。
やっぱり、あそこには、同潤会アパートが似合っていたなぁ~。

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 白あずき

Author: 白あずき
基本的には、フラフラするのが好き。
旅行したり散歩しながら、道端の植物やお店を覘いたり、美味しいお菓子を探したり・・・
現実はそんなことばかりもしていられないので、せめてブログでフラフラしよう・・・

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